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考える百合

2011.01.03

2011年「百合」展望

不詳この私が、今年の「百合」シーンを私が予想してみ
よう、という記事です(汗)

お正月早々、ネガティブな話題になってしまいますが、
今年は一言で言うと「停滞、そして縮小の年」になるの
ではないか・・・と考えています。

これには「経済がこのまま進むと」という条件がありま
すが、実際のところ、日本経済も明るい兆しが余りない
ので、このまま進んでしまう可能性が高いのではないで
しょうか・・・

では、ジャンル(媒体)別に書いてみます。

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2009.06.21

「百合」文化の衝突

本日は実に久しぶりに考える「百合」記事を書いてみよ
うと思います。
恐らく、昔から「百合」を好きな人は薄々感じているの
ではないかと思うことです。

ここで書くのはある種の人達を貶める目的ではありま
せん。現在の「百合」界を俯瞰して分析するという趣旨
が強い・・・ということを予め書いておきます。

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2007.01.02

今年の「百合」展望

まだ、お正月モードでお送りいたします。

本日は、今年の「百合」シーンについて予想
してみようと思います。

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2006.09.12

「百合」と「ガールズラブ」

本日は久しぶりに「考える百合」をしてみようと
思います。

今回のテーマは「ウィキペディア」にみる「百合(同人)」・
ガールズラブ」。

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2005.11.09

ファンと忠誠心と批判

本日は、厳密には「考える『百合』」ではありませんが、
明日はわが身なので、このカテゴリに入れておきます。

ここ数日、「百合こころ」を賑わしている(?)PS用ゲーム
「アカイイト」ドラマCD「京洛降魔」の、少数生産問題
について書かせていただきます。

といっても、特定の企業の批判などではありませんので
ご安心を。

なんというか、ここ数日のコメントのやり取りや、2ちゃんねる
のゲーム板などを読んでいて、一種郷愁のような感情に
とらわれてしまいました。

ちょっと昔話をさせていただきます。

このブログでも何度か書きましたが、15年くらい前、私は
ある同人サークルにいたことがあります。
(いわゆる特定作家の非公式ファンジンです)

最盛期には百五十人以上の会員がいて、有名な漫画家や
アニメ製作会社のプロデューサを排出したサークルでした。
(現在の存命は不明)

今から考えると、信じられないほど硬派なサークルで、
ロートル会員による、作品、作者、企業などの批判は日常茶飯事。
(批判の対象は、ファンジンの対象と同じ)

血気盛んだった私も、お前たち本当にファンなのか?
と何度も食いつきましたっけ。
(ただし、非常にカリスマ性のある会長の下、そのことを除けば、
良いサークルであったのは間違いないです)

結局それが元で、そのファンジンをやめざるを得なくなった
わけですが、その判断はいまだに間違っていなかったと
思っています。

# 著作物を二次利用する、唯一の免罪符は、作品や作者へ
# の尊敬の念であり、それが失われたら、ファンジンは
# 存続すべきではないと、今でも考えています。

今回、意図せず、私がそのサークルのロートル会員の
立場になったような錯覚を覚えました。
(私の方が立場が上、という意味では決してないです)

最近、私も年をとった、と感じることが多いですが、
この件もそれに含まれますね(汗)

2ちゃんねるを読んでいると、作品、作者、企業に対して
一種の忠誠心を持っている人が多いですよね。
(特にギャルゲーなどでは)

そういうのはパワーであるし、Appleのように企業を
盛り立てる可能性も秘めているわけです。
# 逆にSEGAのように、ファンの忠誠心が必ずしも成功
# しなかった例もありますが。

翻って、「百合」ファンは何かに忠誠心があれば、
現在より「百合」業界は盛り上がるのでしょうか。

その忠誠心の対象は何になるのでしょうか。
その対象になりうる存在は出てくるのでしょうか。

そして・・・その存在に「百合」ファンとして
批判することは許されるのでしょうか。

とかとか、いろいろ考えてしまいました。

タラレバの話なので、結論は出ないのですが、
いつの間にか私が「百合」を批判する側に回って
いても不思議ではないな、と、ふと思ってしまいました。

2005.08.16

虚人ねこ、かく考えり+検索順位

3日も休みました。「百合こころ」をこんなに休んだのは、
実ははじめてです。最近、ちょっと疲れていたので、
リフレッシュのために、意図的に休みました。
(更新する手だてはずっとありました)

ところで、休みの間、ちょっと考えることがありました。

将来のことです。

両親も良い具合に老けたし、私ももういい年だし、これから
どうなるのだろうという漠然とした不安がよぎりました。
いままで無宗教をキメ込んでいた私ですが、宗教を信じる
人の気持ちが少し理解できた瞬間でした。

宗教は良いです。何が良いって、先が見えない不安を、
タダ(無料)で解消できます。
将来食べる事にも困窮したとしても、どんなに無明の
世の中になったとしても、タダ(無料)で、先を信じる道標を
得ることが出来るのです。

しかし、世の中にはびこる宗教は信用できませんね。
タダで出来るはずの信心にお布施を要求するし、為政者
いいように利用されているし。

そこで考えました。「百合」を信じる宗教はできないものかと。

将来、路頭に迷っても、「百合」さえ信じていれば、
老いや、粗食にも耐えられるようにならないかと。

現在「百合」はメディアの上にのったものであり、
売り物です。売り物では、宗教の大前提である、無料に
は成り得ません。

ただ、よく考えて。

吉屋信子の作品や、「マリア様がみてる」だって、
図書館で借りられるのでは。

そう。「百合」のバイブルになりえる作品は、もう
無料で手に入るのです。

さらに今後、インターネットのオンライン小説で有力な
作品が出てこないとも限りません。

こう考えたら、人生薔薇色。順風満帆に思えてきました。

・・・でも、もう一度考えなおします。

「百合」は残りの一生を通して、心の支えになるか?

・・・実はまだ、この疑問に応えることは出来ません。
自分の内的な問題か、外部の要因かもよく分かりません。

まあ、なんだかよく分からないことを書いてきましたが、
「百合」に限らず、オタク文化全般にこういうことを
考えている人も多いのではないでしょうか。

今後、ネット上でこういう議論が興ってくるかも
しれませんね。「百合こころ」でもこれからたびたび考えて
行こうかと思っています。

検索順位です。
20050813
「極上生徒会」が今週も2位です。
まだしばらくこの位置を占拠しそうですね。
13位「カレイドスター」もまだランクインするとは嬉しい
です。
18位「Holy」「Holy Hearts」にヒットしたのでしょうが
検索した人がどういう意図だったかはナゾです。

2005.07.17

「百合」ゲーが増加するには

久しぶりに考える「百合」です。

「別に百合は探さなくても妄想しちゃえばいいと思うんだけどなあZ」
おとなりingさんにトラックバック返しです。

>企画書を見るのは基本的にお金を出す人や会社の偉い人
>プロデューサーや社長だったりするわけです

なるほど・・・これはどこの業界でも同じですよね。
クリエーターのやりたいことを、いかにお金に結びつける
かが、偉い人の仕事なのでしょう。
そして、クリエーターは自分の仕事がいかにお金になるかを
偉い人に納得させる必要があります。

アニメはクリエーターと偉い人が近接している気がします。
従って、偉い人はクリエーターの意を酌み易いし、偉い人
よりもっと偉い、お金を出す人(カスタマのことではない)
を説得しやすいのかもしれません。

アニメでは「百合」要素を持った作品はそれなりに出ている
のに、ゲームではほぼ皆無なのは何故でしょうね。

おとなりingさんは、偉い人の問題であることを指摘されて
いますが、私は「百合」好きのクリエーターが少ないからだと
考えています。

クリエーターが本当に熱意を持ってやりたいなら、偉い人は
説得できると思うのです。

もし、偉い人が本当に頭が固いなら、新機軸のゲームって
いっさい生まれていなかったのではないでしょうか。
諸外国に比べたら、日本は新機軸のゲームって多いですよね。

たとえば「塊魂」とかどうでしょう。この作品と同じ嗜好を
持った人の人口は推定できません。でもアイデアだけで
偉い人を説得したのだと思います。

ただ、おとなりingさんが指摘しているように、「百合」
人口が多くなる、ということは、熱心なゲームクリエーター
が「百合」好きになる可能性も高くなるわけで、偉い人を
説得できる可能性も高くなるでしょう。

私の説が正しいにしろ間違いにしろ、「百合」人口の増加
この問題の解決にもっとも重要な要素でしょうね。

2005.01.26

ライトノベルに「百合」の花は咲くか?(その1)

久しぶりに硬派なネタでお送りします。

近頃、なにかとライトノベルのことを書くことが多いのですが、
今回は少し前から気になっていたことを考えてみようと思います。

それは、心理描写の面で有利な筈のライトノベルで、「百合」
作品が少ないのはなぜだろう?
という疑問です。

「百合」の一番重要な要素は心理描写である、ということを
「百合こころ」ではたびたび表明してきました。
しかし、本格的な小説ではエンターテイメント性が乏しく、
(個人的には嫌いではないけれど)ビアン小説は「百合」好きで
あっても敬遠する人が多いのではないでしょうか。

心理を容易に表現でき、エンターテイメント性のあるメディアと
いえば、やはりライトノベルであろうと考えるのが普通です。

昨年、「百合」は一部で、ある程度のムーブメントを起こした
わけですが、それにしてはライトノベルで有力な作品が少ない。
これはどうしたものでしょうか・・・。

長いこと疑問だったのですが、最近やっと気づきました。
それはライトノベルの女性読者に関係すると。

ライトノベルってよっぽど軟派(ロリで萌えとか)なものでなければ、
意外と若年層の女性読者が多いのではないでしょうか。
統計があるわけではないですが、経験的に、書店ではBLコバルト
以外のライトノベルを買っている女性を、見かけることは多いです。

これらの女性は、ライトノベルに、なにを望んでいるのでしょうか?

ちょっと考えたらわかります。男同士の恋愛ものがほしいなら、
BLを読めば事足ります。少女漫画的な恋愛ものが読みたければ
コバルトルビーなどを買うでしょう。大人の恋愛ものならハーレ
クイン
でも良いわけです。

ズバリ、ライトノベルを買う女性は、ヒロイズムを欲していると思う
のです。

ヒロイズムでは、格好良いヒーローの男性と、か弱いヒロインの
女性との恋愛話は当然あるものです。
# 「格好良い」「か弱い」は最近の作品では違うという方もいるかも
# しれません。しかし、そういう作品でも、ここぞというときは、
# 必ず「格好良い」「か弱い」の構図になりますよね。

ヒロイズムは、ある意味「百合」とは対極にある思想です。

BLを読まない(または箸休めとしてライトノベルを読んでいる)女性
読者は、同性愛的なものを望まないと思います。
(もし望めばBLという、欲望に最適化されたジャンルがある)

一方、男性読者は、一般的に(女同士であっても)同性愛的なものを
欲していません。
事実、現在も「百合」ジャンルを引っ張っているのは
女性作家です。(アニメ以外は)
少年漫画でも「百合」な作品は、ほとんど見かけません。

かくて、ライトノベルは、ボーイミーツガールであり、
「ボクがキミを守ってやる」となるわけです。

この考えの前提となる女性読者が、実際どの程度いるかは
わかりません。しかし、「百合」要素を排することで、出版社としては
女性読者が入りやすいように配慮している
、と考えるのは合理的
だと思います。

# 「ライトノベル完全読本」によると、好きなレーベルとして
# 上位3つ、「電撃文庫」「富士見ファンタジア文庫」
# 「角川スニーカー」をあげた女性読者は40%程度はいます。

もし、上記の論理が正しいなら、ライトノベルに「百合」の花を
咲かすのは容易なことではない
、ということになります。

ところで、アニメというジャンルを考えると、最初から女性視聴者を
無視できます。

# 女性はよほどの流行にならない限り、アニメのDVDなど買いません。

作者が出版社に対して弱い立場になりやすい、ライトノベルとは異なり、
アニメはライター(企画・監督・脚本)がやりたいことが実現しやすい
のではないかと思います。
# その分、責任も大きいわけですが。

閑話休題

では、どうすればライトノベルに「百合」が入り込めるか・・・
それは今後考えることにしましょう。

本日はここまで。

2004.02.03

「百合こころ」のエロに対するスタンス

現在「百合」とエロ(ポルノ)というシリーズを進行させている
のですが、これが実に私らしく、理屈先行になっています。
しかし、それでは遅すぎるという事例が出てしまいました。

そこで、今日は「結果」から書いてしまいます。

ではいきます。
# エロ(ポルノ)の定義はここをご覧ください。

●エロのある「百合」は、「レズもの」として扱います。
●「レズもの」は「百合」とは異なりますが、「レズもの」の
中に、「百合」のエッセンスが存在する場合があります。
●「レズもの」はあくまで参考物件として扱います。
●「レズもの」は私にとって不快な場合があります。
買った作品が不快な場合は、不快だと評価します。

上記は、「百合こころ」運営上のスタンスです。
なぜこのスタンスをとっているのかは
「『百合』とエロ(ポルノ)」で説明するつもりです。

2004.01.27

「百合」とエロ(ポルノ) その2 「一般的な百合の定義」

・・・それにしても、こういうことをやりだすと、「百合」
急に「いばらの道」になってくるから不思議です。
過去に何人も理論的な「百合」を考察しているのを見ましたが
皆さん、一様に苦しそうでした。
まさに「血を吐きながら続ける、マラソン」ですね。
少なくとも「楽しいマラソン」のうちはよいのですが・・・。

今回は根源的な疑問「百合とはなにか」について
語りたいと思います。

一般的には以下と言えると思います。

女性同士の関連

私のはこの定義しかできません。

「女性」とはなにを指すのか、生物的な女か?
年齢はどうか?若ければいけないか?年配ではだめか?
ならば、体は女性、精神は男性というパターンは?
男性から女性への生まれ変わりは?
また、女性が生物でなかったり、完全に空想上の存在の場合は?
などなど、疑問はつきませんね。
だからとりあえず「女性」にしているわけです。

「同士」は何人までか?
自分自身に恋した場合は違うかもしれない・・・
つまり2人以上、ということで「同士」にしています。

「関連」とは?
良好な関係か?愛憎入り乱れるどろどろした関係か?
肉体関係は必要か?不要か?あっても問題ないか?
さらに極端な例になると、イラストで女性二人が
ならんでいるだけでも「百合」にしてしまう人もいます。
だから「関係」ではなく「関連」ということにしています。

ということで、まことに簡単ではありますが、上記が
全て人の「百合」のイメージを包含していると
思われる「百合」の定義ということにします。

次回は、僭越ながら私の理想の「百合」像を語らせて
いただきます。